僕らには、叶わない夢だけど…











僕は、待ってるから。



 *******


コポコポと柔らかな音が耳を擽る。
優雅な香りに包まれて、ソンミンがうっとりと瞼を閉じかけた時だった。


「今日から入るバイトの子の話、覚えてる?」


楽しそうに訪ねてきたのは、バイトを一緒に始めた親友のウニョクだった。
カフェの雰囲気を損ねるから、と言って何度も注意されてきた金髪は、まだそのまま。
昔から、元気がよく、明るくて、ちょっとやそっとじゃ落ち込まない奴だった。


「あれ?バイトなんて言ってたっけ?」

「えー!?マジ?ミニ世話係に選ばれたじゃん!」


ウニョクの大袈裟なリアクションで、ソンミンは何とか記憶を辿った。
そういえば、マスターからそんな話を聞いていたが、二つ返事で適当に返した気がする。

別に後悔なんてしていないが、今になれば、少しだけ気が重い。


「ミニも災難だよなぁ、世話係なんてめんどくさいことやらされて。」

「うーん…別に、案外楽しいかもしれないよ?」


ウニョクは顔を顰めて、ないない、と首を振った。
相変わらず素直で、幼くて、活発で…まあ、そういうところが好きなんだけど。


「ま、ミニは何でもこなすから、大丈夫だろうけど。」


ウニョクは少し皮肉めいた口調で言って、厨房へ入って行った。
取り残されたソンミンは、呆れたように笑う。

ソンミンはまた、コーヒーの香りに浸る。
やっと平穏なひと時が送れる、そう思った時だった。

店のドアが開いて、ソンミンは慌てて立ち上がる。


「い、いらっしゃいませ!」


軽い会釈を終えて顔を上げると、ソンミンの目には、一人の男が映った。
長身で細身だが、帽子とサングラスに隠れて、顔はよく見えない。

ソンミンが案内しようと近づくと、男はおずおずと言った。


「あの…今日からここのバイトをすることになったんですけど…」


ウニョクとの会話が蘇る。
ソンミンは、時間をかけて、この人を自分が世話するんだと理解した。


「君がバイトの子?僕はソンミン。あ、ちなみに君の世話係なんだ。年は17。よろしくね!」


ソンミンは勢いよく右手を差し出すと、彼は困ったように、すごく嬉しそうに、笑った。

ほんの一瞬見えた笑顔に、ソンミンは何故か、体温が上がる。



ダメだろ、自分。しっかりしないと。



「えっと…僕はキュヒョンです。年は、おんなじ。」

「えっ!?同い年!??」


ソンミンが目を丸くして驚いていると、キュヒョンは可笑しそうに笑った。
キュヒョンは帽子とサングラスを取ると、まじまじとソンミンの顔を見つめ、また笑う。

だって、どこからどう見ても、同い年には見えない。
飴色で少しくるりとなった髪、大人びた低い声、高校生にしては、整った顔立ち。

なんだか並んでいる事自体が恥ずかしくなってくる。そんな人だ。

そして、この笑顔。


一瞬にして引きつけられて、同い年相手にこんな感情を抱いているなんて、気恥ずかしくてしょうがない。



「同い年になんて、到底見えないでしょ?」


クスクスと笑いながら、キュヒョンは言った。
なんだか妙に顔が火照って、ソンミンは俯いてしまう。


「まあ、当たり前だけど。」


キュヒョンはそういって、ソンミンがすっかり下ろしてしまった右手と、
自分の右手を重ねる。
暖かい体温と感触が伝わって、ソンミンは思わず肩を竦めた。






―この感じ、どこかで…





妙な既視感。
キュヒョンの手の感触も、体温も、全てが二度目に思えて仕方がない。

いや、二度なんかではない。もっと、多く…



「よろしくね、ミニ」


キュヒョンが意地悪な笑みでそういうと、ソンミンはあからさまに顔を赤らめる。
それを見て楽しそうに笑う声も、顔も、やっぱり何処かで…




ソンミンの耳に、柔らかで心地よい音が響く。

店内では、雰囲気にピッタリ合ったジャズが流れている。


低めのサックスの音色が、キュヒョンの声と重なった。


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