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予想以上だった。

キュヒョンは教えなくても仕事ができて、逆に先輩たちに指摘をするほどだった。
厨房担当でも、人手の関係で接客に回されると、淡々と仕事をこなしていった。

その容姿目当てのお客さんがいるということも、あながち嘘ではないかもしれない。


「ミニ、なにボーっとしてんの」

「へ?あっ、ごめん」


キュヒョンの仕事の様子をぼんやり眺めていたら、案の定一喝を食らう。
しぶしぶ手を動かし始めたソンミンを、キュヒョンは意地悪な笑顔で見つめた。

同い年になんて、見えない。
同い年相手に振り回されてるなんて、思いたくない。


ソンミンが上の空で仕事をしていると、ドタドタと煩い足音が迫ってきた。


「ちょっとミニ!今すっごい接客が忙しいんだけど、手伝えない?」


上がった息をそのままに、ウニョクは言った。
綺麗な金髪に、結構整った顔立ち。
ウニョク目当てのお客さんだって、いる、らしい。


「今なら暇だから…すぐ行くよ」


ウニョクの顔を見つめながら言うと、ウニョクは照れ臭そうに笑ってお礼を言った。

ソンミンは手早く作業を切り終えて、カウンターから出た。



「あのー、すみませーん」

「あ、今行きます!!」


ソンミンは急いで客の方へ向かう。
いきなりの注文だったが、だてに何年もやっていない。


「お待たせいたしました。ご注文をどうぞ。」

「えーと…」


ソンミンが声をかけた客は、いかにもサラリーマンと言う様な中年の男だった。
一回はメニュー表をちらりと見たが、すぐにソンミンを見上げるように凝視する。

あまりにもじっと見られるので、ソンミンは苦笑いを浮かべた。


「あ、あの…」

「君、新入り?」


男はまじまじとソンミンを見つめ、口角を上げる。
なんだか背筋に鳥肌が立って、ソンミンは口籠った。


「見ない顔だよね、バイト?」

「あ、いえ…いつもは接客担当じゃないので…」

「へぇ、もったいないなあ。可愛い顔してるのに。」

「なっ!!」


思わず大声を上げてしまって、ソンミンは口を塞いだ。
男は楽しそうにニヤニヤと笑って、ソンミンを舐めるように見る。

ソンミンは声が出なくなってしまった喉を咳払いでただす。
大丈夫だ。落ち着け、相手はお客なんだから。


「あ、あの…ご注文は…?」

「ああ、ごめん。んっと…」


男が視線をメニュー表に戻すと、ソンミンはホッとしたように息を吐いた。
男が声を発するのを待っていると、ちらりと視界に、女の人の接客をしているキュヒョンが映る。

やけに楽しそうに話している。いつもの笑顔とは、違う。

胸の奥が妙にもやもやして、ソンミンは目を逸らした。


キュヒョン笑い声が、耳にざらりと障る。
ぎゅうっと唇を結ぶと、もやもやが喉を突き上げてくるようだった。


「…と、ちょっと君、聞いてる?」

「え?あ!す、すいません!!」


男に話しかけられて、ソンミンは慌てて体を動かす。
ガタンッ、と腕がテーブルに当たり、ソンミンが痛いという前に、コップに入った水が男に掛かった。


「ちょっと…濡れちゃったんだけど」

「す、すいません!今すぐタオルを…」

「や、タオルはいいから。頼みごと聞いてくれる?」

「あ、はい!ホントすいません…」



ソンミンがぺこぺこと頭を下げると、男は楽しそうに言った。


「キスしてくれない?今、ここで。」


ソンミンが驚いて顔を上げると、すぐそばに男の顔があった。
びっくりして後ずさると、腰のあたりに腕を回される。


「僕常連なんだよね。客の頼み事は、聞いてくれるでしょ?」

「あ、あの…」


ソンミンは苦笑いを浮かべて、体を捩る。
男の胸を強く押したのに、あっさりと手は男に掴まれしまう。

ぐっと距離が近くなる。
男の吐息が頬に掛かって、なんだか気持ち悪い。
ソンミンが俯くと、男は無理やりソンミンの顎を掴んで持ち上げる。


「キスしてくれたら、水かけたことはチャラにしてあげるから。」

「ちょ、ちょっと…やめっ…」


思いっきり腰を引きつけられて、あっという間に鼻先と鼻先がぶつかる。
男の顔をもうよく見えないくらいに近くて、思わずソンミンはぎゅっと目を閉じた。


もうだめだ…


男の吐息が唇に掛かる。
ソンミンが思いっきり唇を結んだ時だった。


「お客様、離していただけますか?」


低くて落ち着いた声が、ソンミンの耳に響く。
ゆっくりと目を開けると、キュヒョンに肩を抱かれていた。


「ご迷惑をかけたのは謝ります。しかし、彼も困っていますので。」

「はあ?誰だよ、お前」


男はキュヒョンを睨むように見る。
その視線に動じず、キュヒョンはソンミンの肩に置いた手に力を入れる。
そして、混乱したようにキュヒョンを見つめるソンミンを見て、小さく笑った。


「残念ながらお客様。彼を狙うなら先約がありますので。」


キュヒョンはそう言って、ソンミンを見た。
どこか悲しそうな瞳に、ソンミンは一瞬で引きつけられる。

やっぱり、どこかで見たことがある。

この瞳も、意地悪な笑顔も、得意げな表情も。


心のどこかに、キュヒョンは確かに、いる。


「お詫びなら、後程させていただきますので、本日はお引き取りください。」


キュヒョンがそういうと、男はキュヒョンを睨みつけて去って行った。
ソンミンがホッとして体の力を抜くと、キュヒョンの手が肩から離れる。
ほんの少し、その手を名残惜しそうに見つめて、ソンミンは口を開いた。


「ありがとう、キュヒョナ。でも、仕事があったら助けなくても大丈夫だったのに…」


半分は、強がりだった。
そしてもう半分は、嘘。

結局、本当の気持ちなんてない。
助けてくれて嬉しい、も、本当は怖かったんだ、も。
言ってしまうと、なんだか自分が負けてしまう気がして、声にはならなかった。


「別に、助けたかっただけだし。」

「そっか…ホントに、ありがとね」


キュヒョンは寂しそうに笑った。
その笑顔が苦しそうで、だから余計、目が離せないのかもしれないけど。


「僕は…僕はただ、ミニの…」



キュヒョンは、どこか遠くを見つめて言った。


悲しそうな声。悲しそうな表情。

言葉の続きは聞こえなかったけど、ソンミンはキュヒョンの低い声に耳を澄ます。


続きを聞いたしまったら、胸の奥のうっすらとした疼きが、本物になってしまう気がした。








―僕はただ、ミニの…



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