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キュヒョンが困ったように笑うと、ヒョクチェは更に勢いをつけた。

さっきからずっとこれだ。
すっかり酔いの醒めたヒョクチェに一連の流れを説明すると、
これでもかというほど謝ってくる。


「ごめん!俺何も覚えてなくて…マジでごめん!!!」

「い、いえ…そんなに謝らなくても…」


ヒョクチェは只管謝って、顔の前で両手を合わせる。
確かに、ヒョクチェはべろんべろんに酔って、店の人だけでなく、
キュヒョンにだって迷惑をかけた。それは、いろんな意味で。


「まあ、騒ぎとかにはならなかったですし…全然大丈夫ですよ」

「はあ…ホントにごめん…ちょっと飲み過ぎて…」


二日酔いなのか、ヒョクチェは頭を両手で押さえる。
そんな姿に苦笑すると、ふとあの出来事が頭を過る。

ああなると、やっぱり、そういうことになってしまうのだろうか。


「いいんですよ、別に。それより俺、ちょっと頼みごとがあって…」


恐縮そうにキュヒョンが言うと、ヒョクチェは待っていたかのように顔を上げた。
情が熱いヒョクチェならきっと、迷惑をかけたお詫びに、と食いついてくることは分かっていた。


「いい!何だって聞くよ!!」

「じゃあ、お願いしたいんですけど…」


キュヒョンが顔をヒョクチェの耳に近づける。
なんだかこの距離に妙な違和感を感じたが、キュヒョンは構わず言った。









「はあ?」




案の定、耳から離れて聞こえたヒョクチェの第一声は、これだったけど。


「ちょ、待て。キュヒョナ意味分かんない。」

「分かんなくないですよ。元はと言えばヒョクチェヒョンのせいなんですから」

「いや、だからって…」


ヒョクチェはあたりを見回した。
大方、その行動の意図は読めている。分かりやすいのだ、この人は。


「あっちもきっと本気だから、心配することはないですよ。」

「いやいや!心配するだろ!!つーか俺を巻き込むなよ!」

「…なんでも聞くって、言ったじゃないですか」


キュヒョンが声の調子を少し下げて言うと、ヒョクチェの肩がビクッと震える。
ヒョクチェの立場からすれば、こんな頼み事は絶対に呑みたくないだろう。
それでも、頼まずにはいられない。そんな状況になってしまった。


「…じゃあ、ホントに振りだぞ。振り。」

「分かってますよ、そんなの。」


ヒョクチェは呆れたように笑って、楽屋を後にしてしまう。

もう帰っちゃうのかな。あんな二日酔いで?


なんだかそう思うとうずうずして、キュヒョンは後を追うように楽屋を出た。


 *******


「ついてくる必要、なかったと思うけど。」


キュヒョンが送っていくといっても、ヒョクチェはずっとこの調子で不機嫌だ。
別にこれは頼みごととか関係なく、素直に心配しただけなのに。


「二日酔いの人に一人で帰られても迷惑ですから」

「だからって…余計怪しまれるだろ」


ヒョクチェにキッと睨まれる。
なんてこの人は単純で、頭があの事にしか働かないんだろう。
意識しすぎ。なんて言ったら怒られるだろうけど、本当だ。


別に、「付き合ってるふりをしてください」と言っただけなのに。







仕方がなくヒョクチェの2,3歩後ろを歩いていると、
目の前のヒョクチェの体がぐらりと揺れた。
キュヒョンが慌てて抱きかかえると、顔を歪めて頭を押さえるヒョクチェと視線がぶつかる。
言わんこっちゃない、そう言った目で見つめると、ヒョクチェは不機嫌そうに頬を膨らませた。


「二日酔いの日に仕事だったんですから、眩暈くらい当然でしょう?」

「う…分かったから、早く離せ」


両手でキュヒョンの胸板を押すヒョクチェが可笑しくて、キュヒョンは思わず笑ってしまう。
ヒョクチェに一喝されて手を離すと、ホッとしたようなため息が聞こえた。


「大丈夫なんですか?眩暈したのに…」

「大丈夫!そんなにやわじゃないし…っ…」


勢いよくキュヒョンに言い返したヒョクチェは、再びふらついて頭を押さえた。
相当きているのだろう。あれだけ飲んだら、当たり前だけれど。


キュヒョンが支えようと手を伸ばすと、あっさりパシンッと振り払われてしまう。
それが面白くなくて、隙をついて腕を掴むと、ヒョクチェはしまった、という様な顔になる。


「まったく、強情にもほどがありますよ。可愛くない。」

「なっ!俺は可愛くなくていいんだ!!別に!!!」

「はいはい。とにかくもう酔っ払いに迷惑かけられるのはごめんです」

「キュヒョナ!弱み握るとかズルいぞ!!」


ぎゃあぎゃあ言いながらヒョクチェとキュヒョンは取っ組み合いになる。
掴んだままのヒョクチェの腕を引こうとすると、掴まれていない方の手でパンチを食らう。
キュヒョンが負けずに引き寄せて、もう一発ヒョクチェにパンチを食らいそうになった時だった。





「キュヒョナ…?」




声がして勢いよく振り返ると、Tシャツにパーカー姿のラフな格好をしたソンミンと目が合う。
信じられない、という様な無理した笑みを浮かべているソンミンの隣には、
これまたラフな服を身にまとったドンへがいた。


「二人とも先にいなくなっちゃってたから…心配したんだけど…」


ソンミンの言葉の語尾が小さくなっていくと、ドンへが口を挟んだ。


「ま、二人とも一緒なら、心配することもないね」


しまった。
ここに来て初めて、キュヒョンは後悔をする。

恐る恐るヒョクチェの顔を覗き込むと、予想通り、今にも泣きそうな顔をしている。


「ソンミニヒョン、行こ。」


ドンへはソンミンの腕を掴んで足早に二人のわきを通り過ぎる。
取っ組み合いになったまま固まってしまった二人は、しばらくそのまま動けなかった。





なんて面倒くさいことになったんだろう。


今になって、遅かれながら気づいてしまった。




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