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スタッフに用意されたパイプ椅子に腰かけてコーヒーを啜っていると、
肩をポンと叩かれる。

キュヒョンが顔を上げると、そこには困ったように笑うヒョクチェがいた。


「ソンミニヒョンと休憩いかなかったの?」

「…まあ、ドンへヒョンがいるし…」


愛想笑いを浮かべて言うと、ヒョクチェも隣の椅子に腰を落とす。
キュヒョンが缶コーヒーを差し出すと、ヒョクチェは笑って受け取った。


「次って、四人での撮影だよな…」


気が重そうに言うヒョクチェは、遠くを見つめたままズズっとコーヒーを啜った。
そういえば、ヒョンはコーヒーダメなんだった、とキュヒョンが思い出したころには既に、
眉を寄せてコーヒーと睨みあうヒョクチェがいた。


「キュヒョナ、お前こんな苦いの飲んでんの?」

「普通ですよ、普通。誰だって飲みます」


キュヒョンがそういうと、ヒョクチェは唇を尖らせる。
不機嫌なときによくやる癖だ、と、前に一度ドンへが言っていた気がする。

ヒョクチェは二、三口程しか飲んでいない缶コーヒーをぶっきらぼうにキュヒョンに返す。
キュヒョンは苦笑してそれを受け取ると、音を立てずにコーヒーを吸い込んだ。

それほど苦くはないコーヒーだ。
第一無糖ではないし、どの世代の人だって飲めるような、口どけの良いコーヒー。
いくら微糖だとはいえ、そこまで顔を顰める必要なんてない。


「さっ、そろそろ行くか」


カメラマンの方に向かって歩き出したヒョクチェの後を追うように、キュヒョンも立ち上がる。
歩き出す前に、一口だけ啜ったコーヒーは、ほんの少しだけ苦かったような。



 *******


左からドンへヒョン、ヒョクチェヒョン、ミニ、俺。


こういう並べ方にした意図はよく分かるが、今はただのお節介だ。
要するに、ペアカップル同士を並べたいんだろう。心底、困る。


「じゃあまず、ペアで仲良さげにしてみてー!」


カメラマンの声を合図に、四人はポーズを取り始める。
ドンへとヒョクチぇェは向かい合って楽しげにハグをしていて、周りからは賛美の声がとんだ。

キュヒョン達だって、いつまでも何もしないわけにはいかない。
なるべく早く終わらせたいし、そのためにはOKを貰えるようなポーズにしなければいけないし…


「うわっ!!!」


キュヒョンが悶々と考えていると、突然背中に重みがかかる。
よろけてしまった体制を整えると、首に白い腕が巻き付いてきた。


「えへへー!良いと思わない?このポーズ」


そういってカメラに向かって満面の笑みを浮かべるソンミンは今、キュヒョンの背中に乗っている。
世間一般で言う…おんぶ、なのだろうか。

キュヒョンはおずおずとぶら下がっているソンミンの足を手で押さえる。
ここまで来ると完全おんぶ。カメラマンは目を丸くしている。


「ウネには負けていられないよねっ!!」


ソンミンはにっこりと笑って、キュヒョンの首をぎゅうっと体を近づける。
妙にくすぐったくて頬を緩めると、眩い光と共にフラッシュ音が聞こえる。


キュヒョンとソンミンは顔を見合わせて笑う。

この距離で目が合うと、ソンミンの髪から香る匂いとか、真っ白な肌とか、
至近距離に感じすぎてしまって、なんだか落ち着かない。

ましてやおんぶなんて、お互いの体温を肌で感じるし、程よい重みが心地いいし、
首筋にかかる吐息が熱いし。


「よしっ!ペア同士はオッケーだよー!!」


明るい声が響くと、ソンミンは軽々とキュヒョンの背中から降りる。
温もりを失った背中に寂しさを覚えるよりも先に、次の指示が聞こえた。


「じゃあ次は四人で仲良くね!」


カメラが四人を捕える体制に入ると、いそいそとドンへがキュヒョン達に近づいてくる。
その途端、勢いよくキュヒョンに抱き着いたドンへは、その勢いのままソンミンまでをも抱きしめた。

両手の中にキュヒョンとソンミンの二人をすっぽりと包んで、ドンへはフラッシュ音を待つ。


「ちょ…ドンへヒョン。重い、暑い、苦しい。」

「もうドンへ!!苦しいってば!」


二人に批難の声を浴びながら、ドンへはニコニコとしている。
何回か光がちったところで、ドンへは二人からパッと離れて、ヒョクチェの方へ向かう。
さっきのように勢いをつけてヒョクチェに後ろから抱き着いて、軽くパンチを食らっていた。



ヒョクチェの顔が、赤い。






キュヒョンはドンへに抱き着かれているヒョクチェに近寄って、真正面から抱きしめる。
というよりは、ヒョクチェを真正面から抱きしめたことによって、ドンへの背中に手が回り、
ドンへのように二人いっぺんに抱きしめる形になった。


「キュヒョナ、暑苦しい…」

「キュヒョナー!!俺も抱きしめたいー!!!」


鬱陶しそうな声を出すヒョクチェとは対照的に、呑気で明るい声を出すドンへ。
パシャリと音がして二人から離れると、ヒョクチェは本当に暑かったのか、
荒っぽい呼吸を繰り返した。

ドンへはというと、悪戯っぽい笑顔を顔に貼りつけて、ソンミンの方へと向かってしまう。
ガバリとソンミンに抱き着いたと思えば、次の瞬間、ちゅっと可愛い音を立ててソンミンにキスをする。
もちろん、頬に。


「なっ…びっくりするでしょ!いきなり!!」

「へへーん!ヒョンかわいー!!」


ドンへはすりすりとソンミンに頬ずりをする。
キュヒョンが反射的にソンミンを見ると、満更でもないような、くすぐったそうな笑顔を浮かべていた。






―触るなよ。俺のものなのに…



―ミニだって、何喜んでんだよ。ドンへヒョンの恋人になったって、冗談じゃないの?本気だったの?









ほぼ無意識のうちにそんな考えが浮かんで、無意識のうちに、キュヒョンは二人に近づいていた。


「もうドンへってば……うわッ!!」


キュヒョンはドンへの肩を掴むソンミンの腕を力強く引っ張る。
バランスを崩したソンミンを受け止めると、当たり前のように抱きしめる。


「な、ちょ……キュヒョナ?」

「…ミニ」


手が勝手に動く。口が勝手に開く。
驚いたようなドンへの視線と、見守る様なヒョクチェの視線がぶつかった。


もういい。もう、我慢なんてできない。



「嫌だ、ミニ…」


力強くソンミンを抱きしめると、白い光がとんだ。
フラッシュ音が聞こえる。これはこれで、いい写真になるのだろうか。

なんてことをぼんやりと考えている間にも、声が勝手に漏れる。


「誰かがミニに触れるのも、ミニが誰かに触れるのも…全部、嫌だ…」


腕の中にすっぽりと収まった小さな体が震えている。
もしかしたら自分だって少しは、震えているかもしれない。


やっぱり、この人には敵わないと思った。







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