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ソンミンがコーヒーを淹れていると、どこかから鐘の音が聞こえた。
深く重みのある、穏やかな音色だった。


「なんか今日、結婚式らしいよ。あの教会。」


客足が伸びずに暇なのか、ソンミンの隣で頬杖をついているウニョクが言った。
確かに、耳をすませると、祝福するような歓喜の声がうっすらと聞こえてくる。


「いいよなあ、結婚って。」

「何、突然どうしたの?」


ソンミンが苦笑すると、ウニョクはつまらなそうに膨れた。
鐘の音が少しずつ小さくなっていって、消えた。

音色の余韻が、二人を取り巻く空気を満たす。


「ミニはさ、いないの?好きな子」


その言葉を聞いて、ドクン、と心臓が大袈裟に飛び跳ねた。
余韻の中に、ぼやぼやとキュヒョンの顔が浮かぶ。


ソンミンは苦笑いでウニョクの問いかけをかわして、手を動かし始めた。
鐘の音がまた、聞こえてきた気がする。


 *******



「熱でも、あるんじゃないの…?」


ないよ、と首を振ったキュヒョンは、いたって健康そうだ。
そんな事、ソンミンにだって分かってる。本当に熱がないことぐらい。

店に来てくれてのはいいことだが、今日のキュヒョンはすごく変だ。


「キュヒョナ、具合悪いんだったら病院に…」

「だからぁ、熱なんてないってば。」


そう言ったキュヒョンは、カウンターに立つソンミンのお腹に手を回して抱き着いている。
作業の様子を楽しそうに見つめて、時折、額をソンミンの首筋に押し付ける。

せっかく来たというのに、仕事もしないでこれじゃ、意味がない。

鬱陶しそうに身を捩ってみても、がっしりと回されたキュヒョンの腕からは逃げられない。


「ちょっと、ちゃんと仕事してよ。」

「してるよ、見学。いいでしょ?新人なんだから。」

「新人って言ったって…今まで難なくこなしてきたくせに。」

「ミニ世話係でしょー?大目に見てよ」


キュヒョンは何のつもりか、新人ぶって分からないを連呼する。
おどけたような口調の奥に、ほんの少し悲しそうな息遣いがあった。


「ねえ、ミニ。今ひま?」

「すごい忙しい。」

「暇じゃん。お客さんも少ないしさ」

「いいの!忙しいの!!」


いつまでもまとわりつくキュヒョンが少し迷惑で、でも少し嬉しくて。
意地を張って上げた声に、キュヒョンはクスクスと笑う。
耳元に伝わる声は、奥深くをぞくぞくと刺激した。


『ミニはさ、いないの?好きな子』



思い出すと、不思議と鐘の音が浮かぶ。
この気持ちがそういうことなのかなんて分からないけど、キュヒョナに何かを感じているのは確かだ。

何かに突き動かされるように、惹かれてしまう。
憶えているというよりは、誰かにそう指図されたような…




ソンミンが黙り込んでしまうと、キュヒョンが痺れを切らしたように口を開いた。



「ミニ、今から教会いかない?」


キュヒョンはソンミンの肩に額を乗せて言った。
少し照れくさそうに、声は湿り気を帯びている。



どこからか、鐘の音が聞こえた。


そのリズムに合わせるように、ソンミンは無意識にゆっくりと頷いた。





―大丈夫。僕はきっと、キュヒョナを好きになるから―




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